「日常のふと見逃してしまいそうな、でも絶対大事だよっていうことを歌にして届けていきたい」
わき起こるありのままの感情を素直に歌い、リリースを重ねるごとにジワジワとファンを広げている堀下さゆり。福島県出身の彼女は、6才から音楽教室でピアノを習い、中学・高校と吹奏楽部に入り、大学の音楽サークルでバンド活動をはじめた。といっても専らコピーバンドで、キーボード担当としてポップスからヘビメタまでいくつものバンドをかけもちしていた(本人曰く「ピアの弾ける人が学内に少なかったから」)という。ずっと音楽をやってきていても、「なにかが降りてきて」自ら曲をつくったのは一回だけ。誰にも聴かせることなくそっと自分の中にしまっていたのを、ラジオでふと耳にしたビクター主催の「東北地区限定オーディション」の募集を聞いて応募。それも就職活動の時期になって「音楽活動を諦めるために」送ったデモテープだった。一月半ほどしてそれも忘れたかけた頃に連絡が来て、最終的に優秀賞を獲得。そこから彼女のミュージシャンとしての道がスタートした。
彼女のオフィシャルウェブサイトを覗いてみよう。そこには毎日更新されている日記コーナーがあって、デジカメで撮った画像と短い文章が載っている。何気ない日々の瞬間や心の動きが瑞々しく切り取られていて、それはほとんど“小さな奇跡”の集積といってもいい。ライブ直後の高揚した瞬間であっても、旅先で偶然みつけた風景や、時にはその日食べた美味しいお菓子の話であっても、堀下さゆり等身大のまなざしがありありと伝わってくる。彼女の生み出す歌の秘密のひとつがそこにある。
たとえば最新アルバム『カゼノトオリミチ』に収録されている〈君と笑った〉は「夕暮れどきに、お母さんと小さい子どもが手をつないで歩いている光景を見かけた」のがきっかけだった。「お母さんが子どもの歩幅に合わせてゆっくりと歩いて、話しかけるときは目線を低くしてあげる。お母さんにとっては当たり前かもしれないけど、すごく幸せな光景に見えて母の愛を感じて泣きそうになった。そんな毎日が今日も明日も明後日も続いていくってすごく素敵!って思って曲にしたんです」
目先の流行とは無縁の彼女の唯一無二のサウンドは、短期間で消費されることがなく、逆に聴き手によって新しい息が吹き込まれていく。2002年にリリースされた最初のミニアルバム『a
lily life』は今でなお地道にセールスされ、〈旅路〉は横浜テレビの番組「市バスポエム」主題歌として今もオンエアされている。また、昨年末にNHK「みんなのうた」でオンエアされた〈カゼノトオリミチ〉は(何とアニメはスタジオジブリのスタッフが担当)、放映期間終了後にもリクエストが数多く寄せられ、今年も12月からの再放送が決定している。
自分の歌が着実に届いていくのを実感していく一方で、「言葉を書いて発信している者として、自分の言葉にどれだけ責任感を持てるかっていうのはスッゴイ大事なことって思うようになってきました」という彼女。去年は井の頭公園などでストリートライブも数多く体験し、「お客さんに足を止めてもらうにはどうしたらいいか、より伝わりやすい、人に届くのってどういうものなんだろう?っていうのを考えるようになった」という。最初は自分の欲求をシンプルに作品にしていたのが、リアルに想像できる聴き手やどこかにいるまだ見ぬ相手を意識するようになったのだ。つまりアーティストとしての自覚がより増してきたといえるだろう。
でも、もちろんそのクリエイションの源は自分自身だということもわかっている。「ほんとに深く知っていて初めてあふれてくるものを歌いたいと思うから。説得力が自分の中になければ絶対相手の中にはないと思うんです。日常からしか生まれてこないと思うし、実感しやすいモチーフをイメージして成熟させないとっていう気持ちがすごくある」
彼女と話していると、オープンマインドで、好奇心と感動することを忘れずに、自分の世界を拡げていこうとしているのがよくわかる。〈旅路〉という曲にこんなフレーズがある。「どこでもいいから行ければいいのに/行く意味なんてそれからみつかるのに/自分で風景を決めちゃうなんて」。この曲には励ましとともに現状への不満も込められているようだ。「約束された結果や具体的なものが得られるから行動する、だからなるべく無駄な時間は使わないという風潮がすごくあるような気がするんです。行くこと自体に価値があるし、行ってから意味を見つけたらいいのにっていうのをすごく感じて書いた」
世界は広くもあるし狭くもある。それはあなた次第で、その豊かさに気づけるかどうかにかかっている。そんなことをやさしく、しかしはっきりと、彼女は教えてくれているのだ。
official website「Lily life」
http://lilylife.www21.wnj.jp/