「自分で好きな音楽を聴く」といった時、いま君はどんな環境を思い浮かべるだろうか? それがライブでなかったとしたら、君はどこにいる? 自分の部屋か、それとも屋外? それはCDプレイヤー、パソコン、MDウォークマン、iPod?
僕らの音楽をとりまく環境は、ここ20年ですっかり様変わりした。リビングに鎮座した大きなオーディオセットから解放され、いつでもどこでも自由に好きな音楽が個人で楽しめるようになった。でも本当に“自由”になってるんだろうか? CDショップでは、いつの間にかコピーコントロールCD(CCCD)の新譜が並び、聴き手の条件を制限されている。邦楽CDの廉価な還流盤の流入を防ぐ目的で制定されたレコード輸入権の導入で、洋楽の輸入盤まで手もに入らなくかも知しれないなんて噂もあったり。オシャレなiPodを手に入れたはいいけど、肝心のiTunes
Music Storeは日本でいつオープンするの?
「要するに、いま音楽業界で問題になっているものを突きつめていくと、ほとんどITと音楽の関わりが無視できないレベルにきてしまっている」。そう語るのは、『だれが「音楽」を殺すのか?』という本を著した津田大介氏。今回スペシャルでご紹介するのは、正確にいうとアーティストではなく、津田氏とこの本である。昨年9月に発売されて以来、音楽業界内で読む人が急増しているといわれているが、実はこれは音楽業界内だけに向けて書かれたものではない。もともとIT系のライターである津田氏は、仕事の取材の中で、インターネットの普及やマルチメディア技術の発達によって拡がるはずの音楽の可能性やリスナーとの距離感の乖離をもどかしく感じていたという。「中にいる現場の人間もこれじゃいけないとわかっていながら、さまざまな事情で実現できないことがある。でもその事情ってリスナーからしたらどうでもいい話だよなってことだったり、逆にリスナー側もただレコード会社とかJASRACが悪いって、特にネットとかだと語られがちで。そのへんの説明や事情がいっさいないんで、それがわかればお互い歩み寄れる道があるんじゃないか、その一段階としてこういう本があっていいかなと。ひとことで音楽業界っていっても、まずアーティストがいて、レコード会社があって、その下に卸があって、小売店があって、さらにその先にリスナーがいてと、いろんな段階がある。それぞれでいろんな人に話を聞いてみて、見えてきたものっていうのもあるけど、もうあまりに問題が複雑すぎて論点が多すぎる。誰か一人すごい理解してる人がいて、その人が動けば変わるっていう話でもないので、もう、一回全部問題を提示してやって、音楽を愛する人みんなで考えましょうって思ったんです」。津田氏が考えていることは、単に業界の問題をてきはつ告発しようということではまったくない。ただ、いい音楽、自分の好きな音楽をこれからも聴きたいと思っている音楽ファンの真っ当な心理から生まれているのだ。
CCCDは何のために?
ではまずCCCDの問題を見てみよう。そもそもこのディスク導入の背景には、CD音声のデジタルデータをパソコンで簡単に取り込んで、CD-Rに無限にコピーできてしまうことがある(そしてレコード会社はこれがCD売上げ低下の最大の原因と主張している)。CCCDはその違法コピーを防止するために、CDに意図的にエラー信号などを埋め込んでPCでの読み取りを不可能にしているディスクなのだ。しかし、実際のところすべてのPCで有効ではない(つまりコピーできる)し、逆に正常なCDプレイヤーで再生不可能という場合もある(しかしその場合に返品は認めていない!)。またMDには最初からコピーができるというのもおかしな話だ。通常のCDより「音が悪い」という話もよく耳にする。それって、本末転倒じゃないか? 結果、リスナーの態度はどうなるかというと、欲しいCDがあった→が、ショップに行ったらCCCDだった→買うのを止めた。となるのではないだろうか。自分が聴きたい環境で正常に再生できるのかわからない、そんな理不尽なリスクを一方的に押し付けられたままだからだ。CCCDについては、特に音質面への不満から、導入を嫌ったアーティストからの反発や移籍騒動なども相次いだ。結果、CCCDにしたことで売り上げが大幅に伸びたということはなく、当初は積極的に推進めていた国内のレコード会社も近ごろ方針転換を見せている。
「マクロ的な問題で言うと、まだ90年代に入るくらいまではハード業界とソフト業界の2者間の問題で済んでたんですが、今はそれらと異なるIT業界、つまりパソコンやネットが音楽に深く関わるようになってきた。しかもそれら3者の思惑やパワーバランスはみんな違う。CCCDというのもその3者の妥協点がないまま中途半端にやってしまって、それが不幸な事態を招いてるんです。そのしわ寄せっていうのがどこにいってるかっていうと、やはり全部消費者の側になんですよね。昔だったらその構造も消費者に見えなかったんでしょうけど、今はインターネットでかなり個人レベルで調べられるようになっちゃって、明らかになる時代ですから」。さて、一体音楽は誰のものだ?CDで何を買うのか
個人的な体験だと、僕が子どもの頃は、まだレコードしかなかった。そして友達に借りたレコードをテープに録ってカセットで聴いていた。中学に入ると、CDが出現した。CDラジカセから、高校ではミニコンポを買った。大学に入って輸入盤CDを買いあさった。クラブで遊ぶようになって、DJの真似事をし、ターンテーブルでアナログを再び聴くようになった。同時にCDはもうパソコンで聴くようになった。
「僕らの世代だとまだパッケージに執着ある世代だと思うんですけど、もっと若い子はもうすでにないだろうし、僕らもたぶんなくなってきますよ」。津田氏は言う。
「音楽好きの人って社会人にもなれば1000枚とか2000枚とか買っている。そういう人でパソコン触れる人はみんなiTunes使うんですよ。買ってきたらとりあえず放り込んで、検索して出す。その便利さを憶えちゃうと、CDはもういいよねって。買ってくるけど、パソコンで聴く。そうなるとオレらは何を買ってるのか?という話になる。結局突き詰めると“音楽を自由に聴く権利”を買ってるんですよね。CDを購入することで買った曲をどこでも自分で好きなように編集して聴ける権利を買ってる。そういう意識が進んでいくと楽曲もだんだんアルバム単位で聴かなくなるんですよ。聴きたい曲のプレイリスト作ったり、ハードディスク入っている曲を完全にランダム再生した方が面白い。
今60分を超えるアルバムって平気であるじゃないですか。でも、正直最初から最後まで聴くのキツイんですよね。例えば夜疲れて帰ってきて、自分のじっくりとれる時間って1時間だったとして、そうなったときにもう重いアルバムは聴けない。5、6曲ぐらいのミニアルバムが楽しく聴けてちょうどいい、っていいう話があって。それは象徴的ですね。もう今の時代に大作アルバムっていうもの形態がなじまなくなってきてるのかなっていう気がするんです」音楽配信時代のビジネスモデルを
CDというメディアやアルバムというフォーマットが今すぐになくなるとは思わないが、おそらく今後、作り手たちも「一曲一曲よい曲をつくっていくっていうところに立ち返らないといけなくなる」のではないだろうか。これはある意味アーティストにとっては厳しい話ではある。が、音楽配信が本格的に始まったら、そのコンテンツの単位は「枚」ではなく「曲」になることは、先行する海外の例を見るまでもなく間違いない。しかし、現状は、ここでも日本とアメリカの格差は大きい。
「一番の問題は、レコード会社がやったということだと思うんですよ。レコード会社のビジネスモデルってCDをどう守るかってことなんですけど、となると音楽配信はある種それと対立する面ってかなりありますよね。自分たちのビジネスの根幹を脅かすようなことに力を注げるかっていうとなかなかそうはいかない。ただしそれを放置しておけば、MP3やファイル交換ソフトなんかがあるんで、やらないわけにもいかない。その辺のジレンマがあるんですよ。アメリカの場合は、最初レコード会社がはじめたものの、ユーザーから支持されず手を引いたところに、アップルが徹底的にユーザーにとって魅力的なサービスを提供して、大成功した」。iTMSはレーベルに関係なく豊富なカタログリストの中から一曲0.99ドルという価格設定で、しかも、iPodには転送自由、PCへも5台までコピーできる。この圧倒的に支持された自由度が、逆に日本では著作権管理上クリアにならず、iTMSオープンの目処が立たない所以だ。実は日本は世界一の著作権保護国である。国内での音楽配信サービスでは、ダウンロードしたPCでしか聴けないし(故障したりOSを変更したら無効になる!)、価格も新曲ならiTMSの倍以上、一曲あたり210〜270円もする。もちろん、正規で購入したにもかかわらず、CD-Rにコピーしてカーオーディオでドライブ中に聴くなどということはできない。つまり音楽配信では、「自由に聴く権利」を買うことは出来ないのだ。
技術の進歩は目覚ましい。が、ITがそれを使う人の恩恵ではなく、既得権益を守るためのプロテクトとしてしか使われないのでは、と考えてしまうのは穿った見方だろうか。従来のCDビジネスとは違った新しいビジネスモデルを創出していかなければいけないだろう。津田氏も言う。「音楽配信では今は既存の楽曲を配信することしかしてないですけど、例えばライブ音源とかもどんどん配信すればいいと思うんです。ほんとにコアなファンがいて、ライブは必ず行くみたいなライブに力があるバンドっていうのもいっぱいいるわけですから。CDだったら採算とれないかもしれないけど、音楽配信だったらそういうのすぐできて、10ヶ所ツアー回ったら、そのツアーを会場ごとに1セットにして音楽配信で各1000円で売るみたいなことだってできると思うんですよね。コアなファンを抱えてるアーティストがいたとして、でもCDじゃ1万枚も売れなくて生活できないけど、手段としてそういう音楽配信が提供されれば、アーティストにもファンにとってもいいことですよね。お互い幸せになれるためにITって使われるべきなんじゃないかな」音楽とリスナーとITの関係
津田氏にとって、これからの音楽業界、アーティストとリスナーの関係はどうあって欲しいのだろうか。もちろん答えはひとつではない。「レコード会社なんかつぶれちゃえっていってても、実際そうなったら僕何か困るんですよね。新しい音楽でてきた時に、これいいじゃん!っていうね、あのドキドキ感とか、知らないものを知らせてくれたりとか。昔と比べて変わってきてますけど、まだメジャーにしか作れない音楽って絶対あるって思ってて、そういうのも残しつつ、それとは違う、音楽配信でもインディーズでも、コアな音楽作ったり、それを作ってきちんと利益に跳ね返ってくるような構造が両立するような時代になって欲しいですね。それと、音楽、アーティストとリスナーをうまく結びつけるマッチングサービスみたいなものが必要になってくるのかなって気がしますね。例えば音楽配信なんかで、過去の音源とか廃盤まで提供される時代になった時に、ユーザーが能動的に選ぼうとして何を選んだらいいのかわからないっていうことが、現象としては存在し得る。昔のように音楽雑誌ではなくて、個人のブログのオススメとかがヒントになる。この人が勧めるのは気に入ったのが多いとか、そういう人をうまく見つけられるようなマッチングサービスみたいなのが実現できれば、豊かになってくる気がします。そういう方向にITでインフラをうまく提供してあげて、そこからハードもソフトもきちんと上がりをもってWinWinになるっていうのが一番理想だなって。喧嘩してる場合じゃないんですよ(笑)」
もし「音楽」を殺すものがいるとしたら、そこには、リスナーの無関心も荷担しているはずだ。一方的な批判で満足したり、ことが起こるのを傍観したままで、気づいたら遅かったではすまされない。
「最近音楽業界に対して文句言ってる人で多いのが、最近聴く音楽がないとか薄っぺらいもの作ってるからっていう、そういうのって言われがちですけど、全然そんなこと思ってなくって、日本のアーティストってよっぽど10年前よりレベル高くなったと思いますよ。世界的に見ても豊かな音楽状況だなって僕は思ってるんです。音楽ファンは、今までは与えられるものを聴いていればよかった。ところがどうしても音楽業界も厳しくなってきたし、法律だとかいろんな問題ができてきたときに、このままでいると、自分が聴きたいと思った音楽を聴くことができなくなってきてるよって、それは間違いなく今直面してる問題だと思っていて、それを全員に考えろとは言わないですけど、自分の音楽をきちんと聴きたいんであれば、意思表明するなり、投票行ってみるとか、そういうのを少しでも意識することで、音楽業界がもっとよくなっていくんじゃないかなって気がしますね」